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「"メモ"って言ったら"ランダム"って言ってくれ!」


ダンスフロアーに華やかな光
僕をそっと包むようなハーモニー

―小沢健二 featuring スチャダラパー「今夜はブギー・バック」


フジロックの小沢健二は大盛況で入場規制がかかったみたいです。
メモランダムは今のところ規制がかかりそうな気配はありません。

※この記事は『Pen Spinnin Memorandum 2017』投稿用の記事です。


現在開催中の『Pen Spinning Memorandum(PSM)』ですが、開催のきっかけは、言わずもがな2015年にEaseさんが主催された「ペン回しAdvent Calendar」にあります。いうなれば、PSMは「ペン回しAdvent Calendar」のパクり企画です。

【参考】ペン回しAdvent Calendar 2015
https://adventar.org/calendars/1162

「パクり」(インスパイアとかオマージュと言ったりするのかもしれません)という言葉に拒絶反応を示す方もいらしゃるかもしれませんが、私自身はパクること自体にそれほど悪い印象を持っておりません。場合によってはむしろ肯定的であったりもします。

過去にこのブログでペン回しとパクりについて言及した記事を書いたことがあります。今回はその記事を一部加筆修正して再掲することで、私の備忘録とさせて頂きます(本当はもっとしっかりとした。「イベント開催の狙い等」を具体的に記載した記事を書きたかったのですが、時間がありませんでした。すみません。)

「ペン回しとパクり」

勉強できる頭のええ奴いうたって
結局は教科書からのカンニングやないか
世の中全部カンニング、カンニング
カンニングされたりカンニングしたり
し放題のカンニング世の中やないか

―松本人志

◆パクりの条件

およそ芸術と称される物事には「パクり(他人の著作における表現等の借用)」が付き物です。似ている楽曲のフレーズ、似ている映画のシーン、似ている小説の一節などを探し始めたら切りがありません。その類似の程度によっては盗作、剽窃、盗用などと呼ばれ、非難を受けたり法により罰せられたりします。

そのため、パクりという言葉からはネガティブな印象を受ける人が大半だと思います。しかし、私自身は「パクり」に対して比較的肯定的な立場です。勿論、盗作や盗用を推奨するわけではありません。しかしながら「パクったりパクられたり、パクり放題のパクり世の中」というのも、また一つの側面から見た事実ではないかということです。そして、実際にパクりを行う側のスタンスなどが一定の要件を満たしているようであれば、パクりも許容され得るのではないかと考えています。

「さらば雑司ヶ谷」や「タモリ論」などの著書で知られる樋口毅宏氏は「パクりの条件」として以下のような項目を挙げています。

①カミングアウト(奥付表記は絶対。ダマでやっちゃダメ)
②愛と感謝があること
③センスがあること
④元ネタを超えていること(またはその意志)
⑤新しい解釈を与えていること
⑥元ネタを再評価させたいという気持ち

これがパクっていい条件です。右から左に移すのはダメ。

―樋口毅宏「タモリ論」(新潮文庫)より引用


「これらの条件を満たしてさえいればパクり放題」と言い切ってしまうのは乱暴だとは思いますが、少なくとも元ネタに対してのリスペクトと、それを超えるという意思はパクる上での絶対条件だと思います。そしてセンスの有るパクりは作品にたいしてプラス作用をもたらします。巧妙なパクりによって換骨奪胎された作品は、時としてオリジナルを超えた新たな感動を受け手に与えてくれます。従って、重箱の隅をつつくように一つひとつのパクりを糾弾していくよりは、センス溢れるパクりを楽しむことに傾倒していくことのほうが有益ではないかと考えることもできます。


◆ペン回しにおけるパクりと元ネタ

では『ペン回し』においてはどうでしょうか。(CV等を含む広義の)ペン回しも芸術的な側面を有しているとするのであれば、ペン回しにおける「パクり」についても、少々考察してみる余地があるのではないでしょうか。

これはペン回しに限った話ではありませんが、パクりを楽しむためにはいわゆる「元ネタ」を把握している必要があります。

なぜ僕が「パクりの条件」を上げているかというと、他の小説や映画を読んだり観たりしていると、「あー、あの作品から引用しているな」と気づくことが多いからです。つくり手がそれを黙って、あたかもオリジナルのような顔をして世に出しているのはずるいよ!と樋口は思います(指摘できない評論家のレベルの低さも問題です)。

―前掲書より引用


ここでは、パクりを指摘できない評論家のレベルの低さが指摘されていますが、作品の受け手としてパクりを楽しむためには、まずパクりに気付く必要があります。

以下はJapEn4thに使用された楽曲の歌詞の一部です。

不器用で負けず嫌いな僕の仲間
ライバルよ誰にも代わりはできない

―Hearts Sound『Faith in You』


ここで、この歌詞のパクり的要素に気づくためには、JapEn1stの知識が不可欠です。JpapEn1stに使用された楽曲のタイトルが「Rival」であり、その歌詞に「誰にも君の代わりはできない」というフレーズが含まれていることを認知していなければ、この歌詞を聞いても特に何も感じることはないでしょう。すなわち「元ネタ」を把握していることにより、CVやFS鑑賞における楽しみが増幅します。JapEn1stを見たことのある(大多数の)スピナーからすると、やはり「誰にも君の代わりはできない」というフレーズには感慨深いものがあるはずです。


例をもう一つ。以下はJapEn8thにおけるIris氏のFS部分です。



以下はdami氏によって書かれた、JapEn8thの出演者レビューからの抜粋です。

以下出演者レビュー(敬称略)

(中略)

Iris
白龍ですねこれは・・・ 白龍っぽいとかじゃなくて、白龍
毎度毎度環境力に驚かされます。古風な感じが音楽とマッチしていて良かったと思います。

―dami日記『japen8thとES』より
http://dami0331.blog109.fc2.com/blog-entry-178.html


JapEn8th公開後に行われたoutsider氏とayatori氏のWebラジオにおいても、このIris氏のFSに関して「これは…白龍ですね。」等の指摘がなされていました。(私の記憶違いだったらすみません。)
私自身はコリアンスタイル等の知識が皆無に近いので具体的な部分までは言及できませんが、環境等の要素からはこのFSがWhiteDragonから何らかのインスパイアを受けている可能性は高いのではないかと思います(的はずれな指摘だったらすみません)。「元ネタ」を知っている人がみれば、環境等の要素から「このFSは白龍にインスパイアされたものである」と考える人は多いのではないでしょうか。その上で巧妙なクリエイティビティが付与されたこのFSは、単なる模倣の域を超えた、非常に秀抜なものとなっています。また、このFSからはIrisさんのWhiteDragonに対するリスペクトと、元ネタを再評価させたいという意思が窺えます。

以上のように、様々な「元ネタ」を把握する事によって、CVやFS鑑賞における楽しみを増幅することができる可能性が出てきます。より多くの「元ネタ」を把握することで、よりCVやFS鑑賞を楽しむことができると考えることもできます。


◆CV編集におけるパクり

さて、ペン回しの世界にはCV編集という役割を担う方々がいます。CVの編集者は須らくクリエイターであり、拡大解釈すれば芸術家とも換言できます。およそ芸術と称される物事には「パクり」が付き物です(二回目)。以下ではCV編集におけるパクり(的な要素)を取り上げたいと思います。


言わずと知れたSPSL'シリーズの編集者として知られるscissor's氏の作品には、巧妙なパクり的な要素を見て取ることができます。scissor's氏の編集におけるパクりは、ペン回し以外の映像作品から表現を借用しており、その元ネタを明示的に公表される点が特徴的ではないかと思います。


以下3つほど例を挙げます。

 ● SpinningPartyⅢhttps://www.youtube.com/watch?v=JawHQGg68do

こちらのオープニングは「初音ミクの消失motiongraphics」にインスパイアされた旨がご本人による編集後記に書かれています(参考:http://spsl.blog101.fc2.com/blog-entry-286.html


 ● 2010 1sthttps://www.youtube.com/watch?v=wZKs40AaknA

こちらのオープニングは「浮世捌景」という
こちらの動画


のオマージュであるという旨が、scissor's氏ご本人の口から語られておりました(もしかしたら私の記憶違いかもしれません。明確なソースが提示できず申し訳ありません)。

 ● SPSL'8thhttps://www.youtube.com/watch?v=qx2UuzfG9KQ

こちらのオープニングは『魔界天使ジブリール4』というゲームのオープニングムービの一部を参考にして作られたという旨が、SPSL'8th公開後に行われたご本人によるラジオにて語られておりました。(こちらも私の記憶違いでしたら申し訳ありません)。

たしかにこの辺
s11


この辺とか
s13
この辺
s12
に似ているような気もします。


以上のように、scissor's氏の作品からは様々な映像作品から影響受けた痕跡が窺えます。そして、それらは元ネタへのリスペクトを感じさせると同時に、作品に新しい解釈を生みだしているように感じます。scissor's氏のCVが今もなお根強い人気を誇る理由の一つには、このような映像編集への飽くなき探究心と向上心から来る「センス溢れる模倣(パクり)」という要素が含まれているのかもしれません。


◆終わりに

今回は主にペン回しにおける鑑賞者の視点から「パクりに気づくと楽しいね」みたいな、非常に楽観的な内容でした。しかし、パクりを楽しむことそれ自体はなんら生産的な活動とは言えません。

ペン回しについて考えてみても、究極を言ってしまえば、その全てはHIDEAKIさんのパクりだと言い切ることもできます(少々乱暴すぎる考え方ですが…)。しかし、それらは単なるパクり(模倣)にとどまりませんでした。ペン回しは、HIDEAKIさんの体系化したトリックに対してクリエイティブな数多の要素が付加される形で発展を遂げてきました。それらの過程を経て、ペン回しは現在の形にまで昇華されることとなりました。

他人の「パクり」を「パクり」と認識することができる知識を活かし、それらをいかに生産的な行動へと繋げられるか。それこそが本質的に重要な部分ではないかと考えます。…


一部加筆修正を施しましたが、内容の大枠はそのままです。こうして読み返してみるとなんだか尻切れトンボですし、詰めの甘い部分や支離滅裂な部分の多くが目につきます。しかしながら、そこはあくまで『備忘録』なので、何卒ご容赦いただければと思います。


私自身も恣意的ですがよくパクリをします。それを踏まえれば、タイトルに元ネタがあることや、冒頭に小沢健二の曲の歌詞を引用した理由もご理解いただけるかもしれません。(もし判った方がいらっしゃったら友達になってください)


【PSM2017 備忘録募集要項】
http://psmemorandum.blog.fc2.com/blog-entry-51.html

PSM2017ではまだまだ備忘録を募集しております。
ペン回し好きな人はご寄稿くださると幸いです。


「愛してるぜ、ペン回し好きな人。マジで」

以上


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